お侍様 小劇場 extra

     “迷子の迷子の…” (お侍 番外編 36)
 


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 黄昏迫る自宅の手前で拾った幼子。拾ったという言い方も、考えようでは失敬極まりないのだが、それでも“保護”というほどの段階ではなかったのだからしようがない。そして、そういう繊細なことへは自分なんか比ではないほどに気が回りそうな七郎次が、その子を指して言ったのが、

 『迷子ちゃんですかね。首輪をしてませんものねぇ。』
 『それか、家の中だけで飼われていたのかな?』

 そりゃあ丁寧に、愛おしむようにと、そおと抱えてやってる手の優しさには嘘はない。ともすりゃあ片方の手だけで小脇に抱えたって、まず落っことす危険はないだろう、軽く小さい存在だってのに。両手がかりでしかも自分の懐ろへと凭れさす、何とも安定のいい抱え方をしてやっており。細められた青玻璃の瞳の和みようといい、口許へと浮かんだ柔らかな笑みといい、彼が心からその存在をかあいらしいことと感じていればこそのものだと久蔵には判る。判るからこそ違和感も大きいのだが、

 「どこで見つけましたか?」
 「…っ、えと…。」

 問われてそのまま、自分の中に答えを探し。この一本道の取っかかりだと、交通標識を指差せば、
「そうですか。」
 ふむふむと何度か頷いた七郎次、

 「こんな奥向きまで入り込むだなんて、よくもまあ無事でいられましたねぇ。」
 「…っ。(え?)」
 「ここいらには、結構 気が荒い大人猫が多いんですよ。」
 「…? (ねこ?)」
 「ここまでの仔猫へ、いきなり爪出していじめるまではしないでしょうが、
  それでも縄張りは守るのが鉄則でしょうから。
  要領を得ずにふらふらしていては、危ないことこの上もない。」

 二度と来るなって思わせるだけの、こっぴどい威嚇をする子もいるそうですしねと結んで、その眼差しを懐ろの和子へと向けてやる。さぞや怖い目に遭い、心細い想いをしたのだろうねと案じてやっての、慈愛に満ちたやさしい眼差しだったけれど。でもやはり、

 「〜〜〜?」

 なんでどうして、七郎次はこの子をさっきから“猫”扱いしているのだろうかと。そこがどうしても飲み込めない久蔵で。居心地よさげに懐いているのへ、そおと手を延べ、まずは金色の髪に触れ、それからその手を下へと降ろして頬へ。掌へと確かに触れるは すべらかな肌の感触だのに。うにうにと心地よさそうに撫でられるままになっている幼子も、どこから見たって人の和子なのに。なのに何でまた、七郎次はそんな不可解なことを言うものか。不可解を通り越し、不審に育ってしまいかけたそんな想いであったのだが、


  「………、…っ?」


 ふと、何の気なしに見やった先にあったものこそ、久蔵の混乱を見かねた神様が授けて下さった、鍵というか…ヒントだったのかも知れぬ。そこにあったのはカーブミラーで、車道は一本道ではあるのだが、向こうの通りとを結ぶ、自転車ならば通れそうなほどの細い路地が直角に交差しているのでと、そこから出て来る者が気をつけるよう、町内会でか設置された小さいのがポツンと、路地の出口に向かい合うあたりに、有り明けの月みたく塀の上へとかざされてあり。そこへと、ちょっぴり丸く歪んで写っていた七郎次のその懐ろには……


  “………ねこ?”


 毛足の長いボアで仕立てた、小さな小さなマフを思わすような。キャラメル色の丸くて愛らしい、小さな存在。ずんと幼くての、面差しも手足のバランスも思いっきり寸の詰まった、そりゃあ可愛らしい仔猫が一匹、七郎次の懐ろに くるんと丸まっての収まっている。何かくすぐったかったものか、鏡の中の仔猫がふりふりふりっと小刻みに首を振って見せたらば、こちらの手元でも…綿毛の髪した幼子が、うにむにむにぃとお顔を振って、七郎次の懐ろへ頬を擦り寄せ、いかにも甘えて見せており。
「おやおや、やっぱり寒いんでしょかね。」
 七郎次には、鏡の中の猫の反応の方が見えているらしいのだが、久蔵にはただただ幼子の所作仕草しか見えない。髪を撫でられ、な〜んと甘い声音で鳴いたのはさすがに猫のそれが聞こえているのに。何故だろうか、見えている姿は人の和子そのもので……。

 「…そうですね。こんなところで待ちんぼしてても、風邪をひくだけでしょうし。」

 黄昏間近い陽の弱さのせいか、それとも間近に抱えた小さきものへの憂慮の方が勝
(まさ)ったか。久蔵の混乱ぶりを、だが、七郎次には珍しくも一向に察知せぬまま。彼なりの段取りというもの、うんうんと考えていなさったようであり。
「こうしましょう。一旦ウチへ入って、PCで貼り紙を作るんです。」
「…っ。////////」
 こういう子をお預かりしておりますというのをね。デジカメで写真を撮って取り込めば、具体的な姿をまんま載せるのですから、探してる方があったらすぐにも判るでしょう? すっかりと乗り気の七郎次は、こう見えてPC操作はなかなかの上手。ポストカードやチラシなどなど、そりゃあ可愛らしいのを雛型(テンプレート)なしでてきぱきと作ってしまえる達者なお人なのは、久蔵もようよう知っている。それでとそういう策を思いついた彼なのだろうが、

 「……久蔵殿?」

 屈んだ格好のまんまで向かい合ってたお相手が、どこか様子がおかしいようだと、ここに来てやっと気がついたおっ母様であるらしく。それと判るのは彼と勘兵衛くらいのものながら、表情の焦点がてんで合ってないままな、呆然としたお顔でいたその上に。何にか混乱してもいるらしく、日頃の集中もどこへやらという危なげな様子。それが証拠に、

 「あ…っ。」

 七郎次もうっかりとその気配を拾い損ねていはしたが、横合いから唐突に出て来たお人だったのだからそれは仕方がない。ただ、日頃の久蔵は、勘兵衛がそうであるように“島田一族”の人間としての習練を身に染ませている関係で、武道のいろはのレベル以上の次元にて、人の気を看過したことはなく。それが今は、横手から現れた人影にまるで気づかぬまま、しかも不用意に立ち上がってしまったものだから、その誰かに背中からまともにぶつかっている始末。ああっと、思わずの咄嗟に…避けさせようとの手を延べたが間に合わず、
「おっと…。」
 そちらが大人だったからどうということもないまま助かったが、さして力のない子供だったら突き倒していたやも知れなくて。共倒れしかけた勢いをも押さえての、大きな手で支えていただき、難を逃れた次男坊へ、
「久蔵殿?」
 一体どうしましたかと、こちらも立ち上がった七郎次の懐ろにて。そおと抱えられていた小さな存在が、


  ――― ま"〜〜う、と。


 甘いお声で長々と鳴いた。えっと、声がした方を見下ろせば、赤みの強い玻璃玉の眸を、久蔵へ、いやさ、彼を支えた誰かのほうへと向けていた仔猫であり、

 「…っ! おお、キュウゾウ。此処におったか。」

 そちらは頭上から立った声へと、はい?と混乱しかかっていた意識が叩かれた久蔵で。何でこの人、自分の名前を知ってるの?と。肩を支えて下さっている、頼もしいおじさまへと眸をやれば、
「あ…ああ、いや、すまぬな。急いでおったのでとんだ不注意を。立てそうか?」
 状況をすっ飛ばして妙な声を出してしまったのは、さすがに無作法だとでも思ったものか。横合いから唐突に飛び出して来たこと、謝って下さった男の人は、

 「………ぁ。」

 あらためて見下ろした久蔵のお顔に………何だかとっても微妙な表情をして見せて。そんなせいでの妙な一時停止状態になりかかっていた、壮年手前の男性と久蔵のほうへと向かって、
「にぁっ。」
「あ…っ。」
 七郎次が抱えていたその腕の中から、小さな毛玉がぴょいっと撥ねた。なかなかに敏捷で、かつ素晴らしいバランスを保っての、手鞠のように小気味よく弾んだ存在は。さして大きく離れてまではいなかった久蔵の制服の腹あたりへ難無く着地すると、そのまま駆け登ってゆき、肩まで至ると、その背後にいた男性の首元を目がけ、
「みゃっ。」
 微妙に間をためての勢いよく、バッと飛び掛かって前肢を踏ん張るようにがっしとしがみついた様が。それが人の和子であったなら…か細い両腕でしっかとすがり、もうもう離さないでとお父さんにすがりついた迷子の坊やを思わせるような。そんな健気さや切なさを、見ているだけの人間へもしみじみと伝えたほど。


  ――その子、キュウゾウちゃんというのですか?
    え? ああ、ええはい。
    奇遇ですね、この子も久蔵というのですよ?
    おお、こんなに垢抜けておいでの少年がですか。
    代々に継いでゆく名前だったものですから。
    それは…さぞや厚みや重みのあるお名前なんでしょうね。


 ああよかった、向こうから名前を呼んでのこの反応だったことからしても、この人が飼い主に違いないと。七郎次としては見たままを信じての他愛ない会話に至っているが、

 「………。」

 ようやくその身を立て直した久蔵が、またぞろ小首を傾げてしまったのは。その男性、上背もあるその上に、結構骨太で屈強な、よくよく鍛えられたそれだろう体躯をしておいでなのに。仔猫…であるはずのその子供、やはり両腕がかりという抱え方で抱き上げており。顎へとたくわえられた髭の先、坊やがさりさりと舐め上げるのへ。ちょいと困るなら、その大きな手のひらで口許押さえりゃいいはずが、
「これこれ、おやめ。」
 髪を撫でつつそうと呟いたところが、
「……みゅい。」
 久蔵には頬を膨らませて見えたほど、いかにも不服そうな様子ながらも、それでピタッと悪戯をやめたキュウゾウちゃんであり。

  「???」

 何だか妙な違和感がと、依然として小首を傾げている久蔵へ、そんな視線が招いてしまったか、再びこちらを見やった彼は、

 「……。」

 何というのか…何か言いたげな、それでいて だが、言ってはいけないことででもあるものか。少し肉厚な口許を、苦手な甘いものでも舐めたかのよに、仄かにむずむず動かしては、止まらぬ苦笑に頬をほころばせるばかりでおいで。そしてのそれから、

 「何だかお世話をおかけしたようですが、相すみませぬ、連れを待たせておりますので…。」
 「あ、それはいけませんね。」

 きっとそのお人もその子を探しておいでなのでしょう? 早く知らせてあげて下さいと、にこり微笑った七郎次へ、愛想のいい笑顔を振り向けて。
「何か気づいたことがのちのちにもありましたなら、こちらへ知らせて下さい。」
 そうと言って差し出したのが一枚の名刺。あっと恐縮した七郎次が、自分も何か連絡先をと、肩に掛けていたバッグを手元へ引き寄せたところ、
「それでは此処へ。」
 差し出されたのは携帯電話。ああそうかと納得し、自分の携帯取り出して番号かメアドかを迷ったのも一時、メアドの方をと送信すれば、
「……。」
 無言のままにやわらかく微笑ったその間合いの、何とも様になることか。路地から前方不注意で飛び出して来たことを除くと、表情といい語りようといい、いかにも大人な男性であり、

 「それでは失礼致します。」

 さほど堅苦しくはなく、それでも礼儀にのっとった深さでの、頭を下げたは感謝も込めて。枯れ草色のツィードのジャケットの懐ろへ、小さな小さな仔猫を収め入れ、颯爽と去ってゆく背中の、何ともも頼もしかったことか。

 「ああいう男の人に小さな猫というのも、何だか風情がありますね。」
 「…?(風情?)」
 「ええ。アンバランスなところがね。
  何でだか“あれれぇ?”って注意を引いてしまいますでしょう?」

 くすすと微笑ってのそれから、ふと。久蔵の二の腕を取ると、ぐいと自分のほうへと引き寄せたおっ母様であり、
「??〜? //////////」
「何なになに じゃあありません。さっき、何だか様子がおかしかったでしょうよ。」
 猫アレルギーとかじゃなかったですよね。じゃあ、ずっとこんなところにいたから風邪でも拾ってしまったのでしょうか。とにかくほら、ウチへ入りましょう。体温を計っておかないと。引き始めなら熱いおしぼりも効くんですよね…って、何ともないじゃあありませんて。どら、

 「…っ。/////////」
 「ほら、こんなに熱い。」

 いつものようにおでこへおでこかと思いきや、柔らかな唇で触れてくだすったおっ母様だったものだから。間近に寄った甘い匂いと優しい存在の嫋やかな肉感、それからそれから、柔らかな唇の感触まで重なった複合攻撃は、本当は混乱していた坊やには、随分な負荷にもなったようで。


  「え? 久蔵殿? しっかりしてくださいっ。」


 暦の上だけじゃあなくの、そろそろ冬も本番の装い。どちら様もどうか油断なさらず、風邪やその他が付け込む隙を作らぬように、万全の健康管理をお忘れなく……。








    おまけ


    「カンベエ様、この島田七郎次というのはどなたですか?」
    「あ、これ。何で儂の携帯を。」
    「さっきから鳴っているのにお取りにならないから、切ろうとしたまでです。」
    「それでどうして電話帳まで開いておるのだ。」
    「各所連絡先はわたしの携帯の方でも把握しておけと、
     先だって仰せだったじゃないですか。
     第一、これまでもそうして来ておりますのに、
     何でまたこの御仁の名前にはそのような反応を?」
    「いや、だからそれはだな。」
    「そういえば、昨日の朝方にはなかったお名前ですよね。」
    「う…。判った判った、正直に言う。実は昨日、キュウゾウとはぐれてしもうてな。」
    「またそんなつまらぬ嘘をおっしゃって。」
    「嘘ではないさ。
     給油のついでにと車外に出て体を延ばしておったら、
     その最中に何に驚いたかキュウゾウが…」
    「そんなとんでもないことがあったなら、
     キュウゾウも多少なりとも興奮している筈でしょう。
     お戻りになってからこっち、けろりとしたままではありませぬか。」
    「だから、その折にキュウゾウを保護していてくれたのがその御仁だ。
     そんな粗相をわざわざ話すのもなんだと思うて黙っておったのだ。」
    「…で。何でまた、そんなお人がわたしと同じ名前なのですよ。」
    「不思議だろう? しかもその御仁の連れがまた、
     ウチのキュウゾウをもちっと育てたような、
     そりゃあよく似た顔立ちの学生でな。名前も久蔵といって…。」
    「ええい、誤魔化すならもっと、もっともらしいお話にしなさいませ。
     それでも芥○賞をデビューそうそうもぎ取った幻想作家ですか…っ。」


      お後がよろしいようで……。



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  〜どさくさ・どっとはらい〜 08.11.28.


  *性懲りもなくの例の猫話です。
   今度は何と、こっちにまで出張です。
   本館では時々やってる、コラボものWパロでございますが、
   同じ名前の呼び分け(書き分け)はともかく、
   誰にはどう見えてて、彼にはこう見えててというの、
   絵描きさんが展開してくれた方が判りやすいネタでしたかね。
   猫キュウの側のシチさんも同座してたら面白かったのでしょうが、
   そこまで話を引き延ばすのもどうかと思いまして。

   ちなみに、久蔵さんはそのまま熱が出たと勘違いされて、
   看病にと離れないまま、おっ母様を独占出来ていたらば、
   ちょっとは報われておりますでしょうか?

背景素材をお借りしましたvv→水晶の森サマヘ

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv


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